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笠森観音について

笠森観音

笠森観音は、延暦3年(784)伝教大師最澄上人が楠の霊木で十一面観世音菩薩を刻み山上に安置し、開基されたと伝えられています。
観音堂は長元元年(1028)後一条天皇の勅願により建立され、その建築様式は日本唯一の「四方懸造」として明治41年(1908)「国宝」に、その後昭和25年(1950)「文化財保護法」の制定により「国指定重要文化財」となっています。 周辺の山々は「県立笠森鶴舞自然公園」に指定されており、特に観音山は昭和45年(1970)「国指定天然記念物笠森自然林」として保護されています。
また笠森寺は「坂東三十三観音札所」の第三十一番札所として古来より巡礼の霊場となっています。

文化財

鋳銅唐草文釣燈籠
(ちゅうどうからくさもんつりとうろう)

重要文化財(国指定)
・笠森寺観音堂 1棟 四方懸造、桁行五間、梁間四間、一重、寄棟造、銅板葺
・鋳銅唐草文釣燈籠 一対 室町時代

天然記念物(国指定)
笠森寺自然林

笠森寺観音堂

笠森寺観音堂
「日本でただひとつ『四方懸造り』として、明治41年(1908年)に『国宝』に、その後、昭和25年(1950年)『文化財保護法』の制定により、『国指定重要文化財』となっています。」岩の上に建てられた観音堂で、回廊から見わたす展望は雄大な房総の山なみを感じます。

上総最古の芭蕉句碑
元禄時代(1688~1704)の松尾芭蕉が俳聖としてあがめられるようになると、全国各地に芭蕉句碑が建立されるようになった。ここ上総国で建立された芭蕉句碑の最古のものが、安永6年(1777)に建立された笠森寺の芭蕉句碑である。
笠森寺の山門手前の崖の上に三基の句碑が並んで建立されている。中央の句碑が芭蕉句碑であり『五月雨に此笠森をさしもぐさ』左右にはそれぞれ各務支考、渡辺雲裏の『片枝に脈や通ひて梅の花』『すへられて尻の落着く瓢かな』の句碑が芭蕉句碑を守るかのように並んでいる。建立者は笠森村出身の俗名中村義房と称する俳僧故貝であり、故貝の俳諧の師渡辺雲李の17回忌にあたる安永6年に建立されている。句碑建立のいきさつは、故貝の俳書『芭門花伝授』の一節『報恩塚記』や笠森寺境内にある「故貝基碑」によって判明する。 それらによると、故貝は晩年笠森に草庵を結び、天明6年(1726)70歳で没している。その間、江戸と笠森を何度も往来した寄稿文を残している。この3句碑は故貝の直接の師雲李の17回忌を期して、芭蕉、支考の3台の師恩に報いるために、江戸の俳諧仲間や故郷の俳諧村連の協力を得て建立されたことがわかる。

関連情報

  • 笠森寺 日々の徒然日記
  • 日々の徒然なるままに。
  • ご祈祷・授与品
  • ご祈祷・授与品のご案内
  • 外部リンク